• HOME
  • 更新情報
  • 連載企画「誰も知らない尾崎豊 唄の原点ロード」聖地巡礼②家出し、荒れていた頃のお話

更新情報

OZAKI the café記念

連載企画「誰も知らない尾崎豊 唄の原点ロード」聖地巡礼②家出し、荒れていた頃のお話

連載企画「誰も知らない尾崎豊 唄の原点ロード」聖地巡礼②家出し、荒れていた頃のお話

著 一銀海生

【17歳の地図 ダンスホール 東京】
尾崎のデビュー前後からの友人に話を聞いた。

「初めて会ったのは、尾崎が青学の3年生の夏で、俺はアメリカの州立大に通い、バカンスは歌舞伎町でホストのバイトをしてたんだよ。最初はよく反発する奴だなって印象。4歳年下が何言ってんだって俺はハイハイって聞いてたね。ただ、何かでかいことする奴だなとは思った。デビュー決まったその後もよく飲んだよ。未成年だけど関係ないね。北青山の港町13番地、カンちゃんの店(キラーカーンの経営する居酒屋)とか、六本木や麻布、いろんな店に行った。俺と会う時は、尾崎が何か始める前の相談だね。尾崎はとにかく甘えん坊。一人じゃ飲みに行きたくないからって誘うわけ。男らしくねえって叱ったっけ。尾崎から俺に電話がきて、行くとよく飲むし、ピッチも早くウイスキーはロックでどんどん飲む。いつも俺のおごり。一応「俺、払います!」って尾崎が言うけど「出世払いでいいよ」ってね。もういないから俺にツケ残ったままさ笑。尾崎が『曲を作ったから聞いてくれ』って言う。で、俺の隣に座れ、歌ってみな!って言うと歌うんだよ。その歌詞とメロディが合ってるかどうかを聞くためなんだけど、いい声してたよ。これはいけるな!ってデビューの頃思ったね。ただ、CDになると声質が違う感じで上手。生だと下手だよ笑。アメリカでも会ったし、帰国してからもね。日本では無期活動停止にしたらしいけど、全然歌に関してはやる気だった。伸び伸びしてた分、自己管理が甘かったかな。帰国後、尾崎の声が出なくなったなと感じた。結婚するって奥さんの写真を見せてきた時もあったね。奴は女に対しては厳しいよ。露出してる女の子見ると怒ったりね。日本なんかでまとまってるなよ、世界を目指せってよく言ってた。尾崎が死んだ時は、お香典を友達に頼んだ。香典返しも頂いたよ。今思うと、尾崎は学生運動の時代ならリーダーになってるような存在だろうね。社会問題をよく話してた。」

尾崎は未成年の頃から、労働者の歌のように生活の苦労を歌詞にしている。
ブルジョワの通う青学高等部に通いながら、アルバイトの日々。
自転車で朝霞駅まで通い、東武東上線で池袋、山手線で渋谷、そこから宮益坂を登った先に青学がある。
毎日のあくせくした通学電車の中の歌詞も17歳の地図にある。青学へ246を渡る歩道橋と夕陽の描写も。
停学を決めた先生への怒りはいつしか社会格差への怒りに歌詞が変わっていく。それは彼なりの正義だった。
青学の友人とレストランに行くと皆はステーキ、自分だけコーヒーを頼んだが、金持ちの友人が全部奢ってくれたからステーキにすりゃよかった、というエピソードもある。

ホワイトカラーとブルーカラーの格差がはっきりしていた高度成長期の時代に、頭が良くても経済格差は変わらない。
埼玉の貧乏学生と、青山に住む金持ちの子息と一緒の世界は、学校へと向かう渋谷の坂道は負荷になりながら歌の素材になった。
復帰作「街路樹」も、青学内の並木と讃美歌のような音色がそれを偲ばせる。
坂の上と下の街。
渋谷駅周辺と青山界隈がまさに日本の格差だ。

誰も知らない尾崎豊 唄の原点ロード

......................................
尾崎豊 30周年忌
フラッグcafe 演奏&ライブイベントスタート
「OZAKI the Café WITH」

●尾崎豊 625Days他
関連動画ライブ
●遅咲豊弾き語りライブ
●尾崎豊ファンオフ会「OZAKI the Café WITH」
......................................
2022.07.10
am10:00〜pm22:00
@ Art Café&bar WITH

●中野区新井5-5-15
パレドール中野1階
......................................
当日連絡先
OfficeRedChocolate
080 9659 3081

Copyright © 島ちょく!. All Rights Reserved.

PAGE TOP

ページの先頭へ